介護という歌

Tokyo, February 15, 2010

介護という歌
by Marlenlinea_luz
離れてみないと、自分の国の良さというのにはなかなか気付かない。これは、日本人もキューバ人も同じでしょう。

私の第二の故郷日本というのは、いろいろな意味で本当に素晴らしい国だと思います。ただ、人と人が支えあうコミュニティという点に於いては、キューバのように機能していないように思うのです。他者の置かれた状況を自分自身に置き換えて考えてみるという、素朴な次元での想像力が働いていないように思うのです。

例えば、冬場にホームレスを見かけたら、まず、さぞかし寒いだろうに・・・と心配するのが自然だと思うのです。他者との関係性というのは、そういった素朴なところからしか生まれて来ないと思うのです。

キューバではシルバーシートなどなくとも、お年寄りや妊婦が乗車してきたら、誰もが一斉に席を譲ろうとします。間違っても眠ったフリなどしません。そして、必ず声をかけ、世間話などが始まります。

「お爺ちゃん、どこまで行くんだい?」
「ちょっと海が見たくてな」
「どこのビーチ?」
「アラマールさ」
「暑いから、日差しには気をつけてね」
「帽子を持っていないみたいだけど、大丈夫?貸そうか?」なんて調子です。

さて、この前のコラム「音楽という医術」で紹介した、音楽家はお医者さんより広範囲に人を癒すことが出来る・・・という件ですが、最近では、それは取りまく状況によりけり・・・と思うようになってしまいました。なぜなら、ハバナで録音した2ndアルバム「オリソンテス」をリリースした直後、日本の義母に介助が必要な事態が生じてしまったからです。

当時の私は、先進国日本には、そういう状況をサポートcareする機能が十分すぎるほど備わっているに違いないという、大変な思い違いをしていました。備わっているどころか、当時は、政府が介護関連の予算をどんどん切り捨てはじめたので、現場は大混乱という悲惨なありさまでした。

そんな状況下で、「音楽は広範囲に人の心を癒すことができる」などと、キューバのように悠長に構えている事はできませんでした。それが有効なのは、それを支えるソサエティが機能しているという前提条件があってこそだからです。つまり、日本に住む日本人の義母には、私の歌声よりも、具体的な介護が必要だったのです。

一番私が堪えた事は、歌える状況ではなくなったという事ではなく、多くの人が、そんな状況や、介護をされる事になった義母の気持ちに思いを馳せてくれないという事でした。

いとも簡単に「施設に預けたら?」と言われたりする毎に耳を疑ってしまいました。そこには、「もし自分が介護される身になったら」という視点が完全に欠落しているように思えたからです。また、私の事を想ってくれているのは分かるのですが、「あなたは歌い続けるべき。義母さんは、どこかに預ければいいじゃない」などとアドバイスされると、驚くというより戦慄してしまいました。それに、日本は万年施設不足、預かってくれるところを見つけるのは至難の業で、どこも順番待ちで長蛇の列・・・という現実を、自分の問題としても知っておいて欲しいと思います。

キューバでは家族というのは特別な存在です。まるでシチリア・マフィアの家族ような団結心が、そこにはあります。ですので、家族が危機を迎えた時、歌はいつでも歌える・・・と、気持ちを切り替えるのに時間はかかりませんでした。

ところが、ちっとも日本的ではない、ラテン的思考をする筈の我が夫の感覚が、ここに来て演歌的に変貌し、「君が犠牲になることはない。我々の事は忘れて、君は君の道を歩いてくれ」などと勝手な事を言い始めたので、「それが日本的自己犠牲の精神ってやつ?冗談じゃないわ!」と、私は逆上せざるを得ませんでした。それでは、まるで私がファミリーの一員ではなく、お客さんみたいじゃないですか。未だに彼は私にギルティを感じているようですが、そういう発想の身勝手さに、早く気付いて欲しいと思っています。

といっても、やっぱり介護というのは大変で、私も夫も子供も、鬱病やパニック障害に陥ったりと、いろいろと神経系統をやられてしまいました。現在に至るまで、まだいろいろな意味で様々な問題を引き摺っています。でも、限界が来るまで、みんなで行けるところまで行きたいと思っています。

義母の介護をするようになってから、多くの介護関係者と交流するようになりました。それが、日本、そして日本人を見直すきっかけになってきました。介護関係者の多くが、まるでキューバ人のような視線を持っている事に気付いたからです。彼らの優しい一言に、何度救われたかわかりません。また、額に汗して一生懸命老人たちを介護する日本の若者が、これほど沢山いるとは思ってもみませんでした。そして、日本という外国の介護現場で一生懸命に働くアジア系スタッフの人たち。彼らの笑顔には、いつも癒されています。

こんなに素晴らしい人たちが沢山いるのに、彼らの活躍ぶりがほとんど伝えられず表に浮上してこないのは、やはりコミュニティが分断され、人と人との繋がりが見えにくくなっているからだと思います。人と人のネットワーク化がなされていない・・・そういう表現でも良いのかも知れませんが、もっと分かりやすい表現を使うとしたら、やはり人と人の絆の希薄さが、いろいろな事を見えにくくしている最大の要因だと思います。

日本もキューバも医療技術が進んでいるので、人口は逆ピラミッド型。少子高齢化は、両国とも同じように推移しています。介護の問題は、他人事ではないという事に早く気付いて欲しいと思っています。

このまま行くと、日本は人と人の絆という点で、キューバ人達のような関係性を構築できず、バラバラに分断されたままになってしまうのではないか・・・と、とても心配しています。何と言っても介護の基本は、人と人の絆だからです。

linea_luz
Note: 長らく義母と一緒に歌を歌っていたので、今では多くの童謡や、演歌が(いつの間にか)日本語で歌えるようになってしまいました(!)。でも、演歌というのは半端な難しさではありませんね。これが、カルチャーの壁というものなのでしょう。ちなみに、私が一番好きな日本の歌手は、美空ひばりさんと北島三郎さんです!